神谷古暦の家相法

今回は、神谷古暦について、解説します。

前半に家相書の特徴を書き、後半に具体的な家相法を書きました。

神谷古暦とは

尾島碩聞は神谷古暦について以下のように述べています。

「明和・安永の頃にあたり、摂州に神谷古暦あり。(高槻藩の士にして名を正晴と言う。一学域は米山と号す。)大に易学に長じ、断易の法によりて家相の善悪を論じ、地宅の欠け張り、畳数の吉凶、射覆の判断などを弁じ、天明の頃、家相観地録を著す。」(『家相新編』)

ここに書かれているように、古暦は大阪の北部で家相の鑑定をしていました。

また、「正晴」という名前も、『古暦全書』に度々登場します。

当研究所が所蔵している写本『天眼流家相深秘虎之巻』にも「摂津国高槻之家中 神谷古暦入道正晴」と記されています。

古暦派の家相法の継承については、以下のように書かれています。

「神谷古暦の弟子に平岡米山あり。米山は弟子の浅井金蘭(また、米山と号す。名を當五郎と言い、後に貞吉と改む。)に伝え、金蘭は、その友、大田錦城(明和2年生、文政8年死)に伝え、錦城は弟子、荒井尭民、海保漁村の二氏に伝う。」(『家相新編』)

なぜ、このような師弟関係がわかるのかというと、古暦全書は、弟子たちによって増補され続けたからです。

増補箇所に平岡、浅岡などの名前が記されているので、古暦派の家相法の継承関係が推測できたのです。

神谷古暦派の家相法『家相略記』

では、神谷古暦の家相法について解説します。

最初に断っておきたいのですが、私は、現時点(2015年12月22日)で神谷古暦本人が書いた家相書を見たことがありません。

『古暦全書』は、手書きの写本として、神谷古暦の弟子たちに継承されていましたが、古暦によって書かれ原本が存在したかは不明です。

また、尾島碩門によると『家相観地録』という本があったとされていますが、碩門が参考にした礫川堂の家相書は、戦災で焼失してしまったので、読むことができません。

『古暦全書』の他には、現存する写本としては、『奥免許天眼流家相深秘伝』や『天眼流家相深秘虎之巻』があります。

『奥免許天眼流家相深秘伝』は、鴨書店により復刻版が出版されています。

この写本には、水野南北が神谷古暦に伝授されたとの記述がありますが、ますが、神谷古暦によって書かれた原本が存在したかは不明です。

また、『天眼流家相深秘虎之巻』は、当研究所が複製版を出版しました。

先述した通り、この写本の冒頭には、「摂津国高槻之家中 神谷古暦入道正晴」との記述がありますが、後世の写本であり、古暦本人の肉筆本ではありません。

ここで挙げた写本の原本は、古暦の弟子によって書かれた可能性もあるといえます。

しかしながら、神谷古暦の家相法の理解に役立つと言えます。

このページでは、『古暦全書』にも含まれていた「家相略記」を参考に、神谷古暦の家相法を紹介します。

※『古暦全書』とは、古暦派の家相家によって継承された複数の書です。『古暦全書』という名称は尾島碩門が便宜上、名付けたものです。

「家相略記」は、天、地、人の3巻で構成されています。

『古暦全書』の他にも、「家相略記」の写本は多く残っています。

家相の原理をよく表した書物なので、古暦派以外の家相家たちも参考にしていたようです。

このページでは、当研究所が所蔵している『天眼流家相略記図』をもとに、家相法を解説します。

※『天眼流家相略記図』には巻頭には「神谷古暦先生著」と書かれています。

 

神谷古暦の家相法

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【図1】参考:天眼流家相略記図(神谷古暦)

『天眼流家相略記図』には以下のように記されています。

  • 東へ出張る入口あり、吉事ある相なり。
  • 坤出張る地には病人多し、妻子にも申分あるべし。
  • 乾欠けは貧相の地なり。宝、今はなし。
  • 巽張りは吉なり。

ここでは、八卦方位が用いられています。

八卦方位では、8つの方位に、八卦が割り当てられています。

  • 北:坎 (水)
  • 北東:艮 (土)
  • 東:震 (木)
  • 南東:巽 (木)
  • 南:離 (火)
  • 南西:坤 (土)
  • 西:兌 (金)
  • 北西:乾 (金)

さらに、八卦方位には陰陽五行(木火土金水)の要素が割り当てられています。

上の一覧の丸括弧( )内に書かれているのが、五行の属性です。

『天眼流家相略記図』では、五行の「相生」と「相剋」によって、家相の吉凶を判断しています。

では、上の図の吉凶判断についての解説します。

東へ出張る入口あり、吉事ある相なり。

東張りの宅地が吉相であると書かれています。

東張り宅地の吉凶判断についてはすでに他のページで述べましたが、ここでも簡単に解説しておきます。(詳しい解説は過去の記事『宍戸頼母:家相方位指南』を参照のこと。)

東の方位について考えるとき、震の卦象[]を体卦と呼びます。

もし、震の方位が張り出ている場合、震の上爻が陰から陽に変化し、離の卦象[]になります。

この場合、離の卦象を用卦[]と呼びます。

震は木性で、離は火性です。

この2つは、「木から火が生じる(木生火)」という関係なので、互いの気を高め合うと考えて吉相と判断するのです。

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【図2】東張りの体卦と用卦(筆者作成)

なお、木生火のように、お互いの気を高め合う関係を「相生」と呼び、互いの気を弱め合うような関係を「相剋」と呼びます。

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【図3】参考:松浦流家相判断早見伝

坤出張る地には病人多し、妻子にも申分あるべし。

坤張りの宅地の体卦は坤[]、用卦は艮[]です。

この場合、土性が重なり、土性の強くなり過ぎると解釈して、凶と判断します。

艮には、「病」と「妻」という意味があるので、病と妻についての災いが書かれています。

江戸時代の家相法では、土気の重なりを嫌います。

たとえば、松浦東鶏の書には、土が厚いと、種から芽が出ないといったないようの事が書かれています。

土気の重なりは、生命の成長を妨げると考えられていたようです。

乾欠けは貧相の地なり。宝、今はなし。

乾欠けの体卦は乾[]、用卦は巽[]です。

「欠け」の場合は、下爻が変化します。

乾は金性で巽は木性なので、金剋木(金の刃物は木を切る)の凶相です。

乾には「金」の意味があるので、金が失われて貧相になると解釈されています。

巽張りは吉なり。

巽張りの体卦は巽[]、用卦は坎[]なので、水生木の吉です。

 

『天眼流家相略記図』からもう一つ事例を挙げておきます。

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【図4】参考:天眼流家相略記図(神谷古暦)

『天眼流家相略記図』には以下のように記されています。

  • 地形・家ともに坤の欠けたるは、病なし。
  • 乾張りて金銀の徳益多き地相なり。繁昌相なり。

地形・家ともに坤の欠けたるは、病なし。

坤欠けの体卦は坤[]、用卦は震[]です。

欠けているので、下爻が変化しています。

坤が土性で震が木性なので、木剋土になります。

単純にとらえると、凶相と判断できますが、ここでは、異なった解釈をしています。

震には「薬」の意味があり、坤には「病」の意味があります。

ここでは、震の木が、坤の土を剋す(「剋す」とは「打ち負かす」という意味)と解釈します。

つまり、震の薬が、坤の病を打ち負かすと捉え、「病なし」という判断が下されているのです。

乾張りて金銀の徳益多き地相なり。繁昌相なり。

乾張りの体卦は乾[]、用卦は兌[]です。

「張り」なので、上爻が変化します。

坎と兌はどちらも金性なので、比和となり、吉相と判断されています。

資料

以下、『家相新編』の「参考引用書目」に記載された神谷古暦に関するの資料です。

  • 『家相観地録』(7巻):天明の頃
  • 『米学家相秘抄』(1巻)
  • 『古暦全書』9部12巻:寛政年代
    家相伝口伝最初(1巻)、家相略記図説(3巻)、家相略記図説口伝集(4巻)、家相玄機略(1巻)、家相玄機略後伝(1巻)、相地相宅方位附属(1巻)、家相八卦乾坤奥儀(1巻)、家相伝地形略(1巻)、家相伝吉凶指掌(1巻)。
    「古暦全書・金蘭全集の二書とも総名なし。著者の私(尾島碩聞)に命名するところなり。神谷古暦の伝書は平岡米山を経て、浅井金蘭に伝わり、大に修補を加え、大田錦城に至りて再び増訂せしものなり。」
  • 『金蘭全集』(16部21巻):文化年代
    家相図説略記(3巻)、家相玄機略(1巻)、家相玄機略後伝(1巻)、家相玄機略口伝集(4巻)家相玄機略補欠[浅井金蘭](1巻)、家相間取口伝[平岡米山](1巻)、家相八方張欠簡要(1巻)、金蘭問答[錦城筆記](1巻)、畳数吉凶判断口伝[浅井金蘭](1巻)、九蔵九突九井(1巻)、玄機略攬要[浅井金蘭](1巻)、厠浴室方所占[金蘭増補](1巻)、床違棚手水鉢等吉凶伝(1巻)、相地相宅附属方位(1巻)、家相八卦乾坤奥儀(1巻)、家相地形略記(1巻)
  • 『家相玄機略義』(3巻)
  • 『家相秘録四神巻』(5巻)
  • 『家相風水玄機録』(2巻)

以下、当研究所が所蔵する神谷古暦に関する写本。

  • 家相深秘之巻(天眼流家相深秘虎之巻)
  • 天眼流家相略記図(天・地)
  • 家相最初伝
  • 家相八卦乾坤奥義之伝
  • 相地相宅方位附属
  • 家相略記図説(天之巻・人之巻)
  • 居所間取秘伝之巻
  • 家相立象
  • 家相極秘判断的中記

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