今回は、松平英明の『家相の話』(桃源社・昭和5年)を紹介します。

松平英明は、太陽の光が住宅に与える影響を重視しています。

彼の家相法のルーツは、江戸時代後期の思想家、佐久間象山(文化8年-元治元年)です。

象山の家相法について述べている書籍はとても珍しいので、貴重だと思います。

 

松平家には、象山の家相講義録が残っていたそうです。

象山が暗殺される約半年前に、松平英明の曽祖父ほか3名の門下生に対して家相に関する講義が行われました。

その時に、曽祖父が記録した講義の内容が、松平家に秘蔵されていたのです。

この秘蔵書によると、象山は太陽の光を重視していました。

たとえば、住居の東に別棟を建てるのは伝統的な家相法では吉とされていますが、象山は朝日を妨げるので良くないと考えました。

そして、本来、凶相とされている鬼門(北東)の方位に別棟を建てるのが良いとしています。

北東にあれば、朝日を妨げることがないからです。

さらに、象山は、建物の張り欠けや畳の数で吉凶を判断することに対して懐疑的で、それよりも採光や通風を重視すべきだと主張していたようです。

 

また、興味深いのは、象山が家の重心に磁石を置いて、方位を定めることを勧めていたことです。

江戸時代は、まだ重心説は主流ではありませんでした。

たとえば、明治時代以降の家相法に大きな影響を与えた松浦琴鶴(安永2年-嘉永3年)は、建物の張り欠けを除いた四角形の中心点に磁石を置いていました。

また、四天王寺秋野家の師範代で、江戸時代に家相学の大家と知られていた松浦東鶏は、磁石を使わずに方位を分割する「小天地の法」を用いていました。

ですから、江戸時代に象山が重心説を唱えていたのは、とても興味深いと言えます。

 

[補足]

小天地の法(井田法)は、東鶏派の奥伝書で解説されています。松浦東皐の遺術とされる明治時代の書籍でも少しだけ解説されています。

また、佐々木学建築研究所発行の『宅相判断書』(松浦明喬)の巻末でも、少しだけ小天地の法について解説したので、興味がある方は参考にしてください。