はじめに

私の家の書庫には、『土金兼備祭』という古書があります。土金兼備祭は、「土金祭」「土金法」「土金兼備の法」と呼ばれることもあります。最近は、「埋金法」と呼ばれているようです。

『土金兼備祭』は作者不明、作成年不明の写本です。

普通ならば、誰が書いたのかわからない史料の価値はあまり高くありません。

しかし、私には、この写本が、とても貴重な史料に思えました。

なぜかというと、この写本に記されている土金法は、私が専門とする家相学の分野では極秘奥義とされており、その方法が詳しく解説されている史料がほとんど残っていないからです。

この史料には、複数の図が掲載され、儀式のための納め物の寸法・重さ・数が詳しく記されています。

そこで、今回の記事では、土金兼備祭について簡単に解説します。

 

※『土金兼備祭』の複製本と翻刻書(活字版)は、専門家向けに販売しています。(現在は在庫がないので販売停止中。

(上図は『土金兼備祭』より転載)

 

土金法の歴史

土金法とは、鉄の玉を埋めて、土地の祟りを鎮めるため方法です。

この手法の歴史は古く、聖徳太子が豊浦宮を造る際、土金法を施したといわれています。

ただし、この手法が盛んに行われたは江戸時代後期だと思われます。

例えば、天王寺流(四天王寺流)の家相家は、鬼門の邪気を取り除くために、土金法を行っていました。

私が所有している四天王寺秋野坊の肉筆奥義書『風水玄機録』にも、土金兼備の玉を納める手法があると記された箇所があります。

また、四天王寺の秋野家で相学師範代を務めていた松浦東鶏も、土金兼備の重要性を主張していた一人でした。

ちなみに、島根県松江市で出土した鉄玉の入った木箱には、松浦東鶏の末子の明喬の名が記されていました。

(出土した箱と、『土金兼備祭』に記された内容は、完全には一致していません。流派によって、多少違いがあったのだと思います。)

 

なお、土金法は、江戸時代末期以降、金儲けのための霊感商法のような扱いを受け、批判されるようなりました。

そのため、家相家たちは、土金法に代わって、「土砂撒き」を重視しはじめました。

しかし、今でも熱狂的な信者の間では、強力な開運術として、土金法(埋金法)を行っているようです。

 

土金法の効果

まずは、私の専門分野である家相学の観点から土金法についてお話しします。

江戸時代の家相法では、木火土金水の五気が家の禍福に影響を及ぼすと考えられていました。

そして、聖徳太子伝来の家相法を提唱した天王寺流が特に重視していたのが、土気と金気でした。

土は万物を養う重要な要素であり、万物の母と呼ばれています。

また、陰陽五行説では、土の中から金が生じると考えられています。(この関係を「土生金」と言います。)

 

鬼門の扱いを見るとわかりやすいかもしれません。

家相学では、鬼門(北東)は、土気が宿る方位とされています。

もし、土が汚れてしまったら、金気が育たなくなります。だから、鬼門に便所を置くのは凶相なのです。

細かな解説は省きますが、鬼門が凶相になると、土気から金気が生まれなくなると考えます。

だから、鬼門に凶相があるときは、鉄の玉を土の中に埋めて、金気を高めようとしたのです。

つまり、土金法が金気不足を改善するとされていたのです。

 

江戸時代末期以降に、土砂撒きが行われるようになったと書きましたが、こちらも、理屈は同じです。

土気が弱まることが原因で生じる災いを、吉方位から取ってきた土を撒くことで、改善しようとしたのです。

 

『土金兼備祭』には、家造りや引っ越しで方位を犯してしまった場合も、土金法により方災を逃れることができると書かれています。

また、吉宅の場合でも、土金法によって、開運が期待できると記されています。

 

様々な納め物

『土金兼備祭』を読んで、驚いたのは、納め物の数が予想以上に多いことです。

単に箱に鉄の玉を入れて、土に埋めればいいという単純なものではありません。

鉄の玉の他に、金箔・銀箔・金粉・銀粉・金版・銀板などが必要です。

また、この祭りでは、土の役割も大きいので、泥箔や土玉なども使います。

 

おわりに

土金法は、極秘奥義とされていたので、私が研究対象としている家相書でも詳しく解説されることはありません。

おそらく、一般的な風水師・神職・占い師の方々は、土金法という名前すら知らないと思います。

でも、とても珍しい史料なので、興味を持つ人がいるだろうと思い製本して、専門家向けに販売することにしました。